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東京地方裁判所 昭和46年(合わ)425号 判決 1972年1月12日

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中九〇日を右の刑に算入する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、本籍地の中学校を卒業したのち、単身上京し、店員、旋盤工、鉄骨工等をして東京都およびその周辺を転々としていたものであるが、

第一、昭和四六年九月二二日午後四時三〇分頃から住居地の沼尻方および国鉄金町駅前の飲食店で飲酒したうえ、都内足立区西新井付近のパチンコ店に入ったところ、偶然以前から顔見知りの甲野一郎(当時三一年)に出合い、同人とともに付近の大衆酒場やバーを飲み歩いているうち深更に及んだので、同人に誘われるまま、同区西新井×丁目××番××号○○荘アパートの同人の居室に宿泊のため赴き、いったん布団を借り同人の隣室で横たわったものの、翌二二日午前一時頃起き上り、同室から前記○○荘アパートの玄関先まで出たところ、たまたま乙山花子(当時三三年)が同アパート前の路上を歩いているのを認め、約二〇〇メートルにわたって同女を尾行し、同女が同区西新井×丁目××番先路上にさしかかった際、同女を強姦する意図でいきなり同女の身辺にかけ寄り、背後から同女に抱きついて同女を仰向けに引き倒したうえ、同女の頸部に右腕を巻いてしめつけるとともに、同女の上半身の上におおいかぶさり、同女の唇に接吻をしながら、「やらせろ。」「やらせろ。」と申し向け、さらに同女のスラックスのチャックを下げて同女の股間に手を差し入れ、そのパンティの上から陰部に触れる等の暴行を加え、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が畏怖しながらも抵抗し、かつ難を避けるため、その所持していた財布等を被告人にさし出し、「助けて下さい。」等と哀願したため、犯行を断念してその場から逃走し姦淫の目的を遂げなかったが、その際前記暴行により、同女に全治約五日間を要する右肘関節打撲擦過傷の傷害を負わせた

第二  右の犯行の途中、被告人の前記暴行によって畏怖した前記乙山花子が難を免れるためさし出した現金二、二五〇円等在中の財布、マッチ各一個および煙草一箱を奪い取って窃取した

第三  右第一および第二の犯行後前記○○荘アパートに戻りいったん就寝したのち、同日午前一時五〇分頃尿意を催し同アパートの共同便所に行き用をすませて廊下に出たところ、たまたま同アパートに居住する丙川雪子(当時二二年)がネグリジェ姿で同便所から廊下に出てきたのを認め、にわかに性欲が高まり、前方から同女に抱きつき同女の唇に強いて接吻する等し、もってわいせつの行為をした

ものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(判示第二の事実につき窃盗罪を認定した理由)

検察官は、判示第二の事実につき、被告人は判示第一の暴行により反抗を抑圧された乙山花子から現金二、二五〇円在中の財布一個等を強取したものであって、被告人の行為は強盗に当る旨主張する。

そこで、被告人が乙山花子から財布一個等を奪取した経過を仔細に検討するに、前掲関係各証拠によれば、右乙山花子は、突如判示第一のような暴行を受け、あるいは殺されるかもしれないと非常な畏怖状態に陥り、被告人から首をしめられ、かつ上半身におおいかぶされた状態のまま、ひたすら被告人がその場から退去するのを願って、とっさに手に持っていた判示の現金二、二五〇円等在中の財布等を被告人にさし出し、「財布もマッチもたばこもあげるから助けて下さい。」と哀願したところ、被告人はとっさにこれを取得する意図を生じ、間ぱつをいれず、「これはやばい。」といいながらひったくるようにしてこれを奪い取り、その場から逃走したことが認められる。右認定の経過は、検察官の冒頭陳述および公判廷における釈明にもおおむねそうものである。ところで、いうまでもなく強盗罪は、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行もしくは脅迫を手段として財物を奪取することによって成立する罪であるから、本件のように、犯人が別個の目的により相手方に暴行、脅迫を加え相手方を反抗不能の状態に陥れた後に初めて財物奪取の犯意を生じこれを実行に移した場合において、当該奪取行為が強盗になるとするためには、犯人の右決意後において暴行又は脅迫と評価できる言動がなければならないというべきである。

もっとも、相手方がこのように反抗不能の状態に陥っている場合においては、他の場合とは異なり犯人のちょっとした動作、たとえば単純な金品要求の申し向けとか単に相手の身辺に近づく等の行為があっても相手方の反抗を抑圧するに足りる無言の脅迫として作用する余地があると解せられるけれども、いずれにせよ財物奪取の手段として評価するに足る何らかの作為がなければならないというべきである。しかるところ、本件において、被告人は、前認定のように畏怖状態に陥った被告人が財布等をさし出した時に初めて財物奪取の犯意を生じ、しかも間ぱつを入れずそれを奪い取って逃走しているのであるから、被害者が右財物奪取の犯意を生じた後において、程度のいかんを問わず暴行又は脅迫と評価するに足る行為があったと解することはできない。

なるほど、右のような場合においては、被害者の側からみた客観的な被害状態という点では、犯人が当初から強盗の意図の下に暴行、脅迫を加えて財物を奪取した場合と何ら異なるところはないし、また犯人としては、財物奪取の時点において自ら招いた被害者の畏怖状態を認識しつつこれを積極的に利用しているのであるから、犯人の主観面における違法性という面でも通常の強盗と大差ないともいえる。しかし、刑法一七八条のような特別の規定を欠く以上、強盗罪の定型に右のような行為まで含ませることは、解釈論としては無理であると考える。

以上の次第で、当裁判所としては、事実関係について検察官の主張をおおむねそのとおり認めたわけであるが、被告人の行為は強盗罪には該当せず、ただ相手方の意に反して財物を奪取したという意味において窃盗罪を構成するにすぎないと認定したわけである。

(法律の適用)

被告人の判示所為中、第一の点は刑法一八一条、一七九条、一七七条前段に、第二の点は刑法二三五条に、第三の点は刑法一七六条前段に該当するところ、判示第一の罪につき所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限に従って法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条により未決勾留日数中九〇日を右の刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して全部被告人に負担させないこととする。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林充 裁判官 田口祐三 田中康郎)

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